アナトミー・トレイン
徒手運動療法のための筋筋膜経線

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人体を走るアナトミー・トレイン(筋筋膜経線)によって、姿勢の補整と動作の安定がどのように得られているのかを、列車の路線(lines)や駅(stations)に喩えて解説する画期的な書。PT、OT、スポーツトレーナー、柔道整復師、あんま、マッサージ師、整体師など、リハビリテーション、ボディーワークに携わる人々へ。
トーマス・W・マイヤース (Thomas W. Myers)
松下 松雄
発行 2009年01月判型:B5頁:296
ISBN 978-4-260-00749-8
定価 6,380円 (本体5,800円+税)
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訳者まえがき推薦の序著者まえがき

訳者まえがき
 アナトミー・トレイン(解剖列車)の意味については,本文に詳しい説明があるのでここでは触れない.用語のMyofascia(筋筋膜)は,Myo(筋)とFascia(筋膜)との合成語である.“筋膜”はラテン語のFascia(帯)に由来するが,その定義は必ずしも一定していない.前腕筋膜,大腿筋膜,胸腰筋膜などのような筋系全体を包む結合組織被膜(浅筋膜)や筋上膜,筋周膜(深筋膜)を指す見方から,さらに内臓器官を被覆する結合組織のすべてを含む見方まである.原著のfasciaは運動の力や張力を伝達するすべての結合組織性の構造物を指している.したがって,‘Myofascia'の訳には,‘筋'と,上述の結合組織の層や被膜の意味での‘筋膜'とを合わせた‘筋筋膜'をあてた.
 本書における触診や治療の手技は,著者マイヤース氏の長年にわたる豊富な経験から得られたものである.著者の筋筋膜の構造や連結に関する見方や解釈については,異論のある読者もあるかと思うが,解剖学的観察に基づく触診手技の手引として利用すれば有益であろう.筋膜とは,また筋筋膜の連結とはどのようなものかは,実物を目にせずに,はっきりとしたイメージを持つことや触診で実感することは難しい.しかし,多くの人はそのような機会に接することなく,診療に従事して行かざるを得ない状況にある.本書では,触診法の説明とそれに関連する図が,理解しやすいように配置されている.良い解剖学の図譜を参考にしながら,本書の筋筋膜連結の見方に従って触診の経験を積めば,筋筋膜の動的実体を把握するのに役立つであろう.この見方は,いろいろな面に応用できるので,リハビリテーションあるいはボディーワーク関連の分野に従事している医師,理学・作業療法士,看護師,スポーツトレーナー,整体師,また,現在この分野の道に進みつつある人たちにとって,非常に有用であると思う.
 翻訳に際して,次のような改変と補足を行った:1.原著第1章では人体構造に関する著者の見解が広範に述べられていたが,主題の筋筋膜理論に関連する記述を選別して部分訳とした;2.原図において,名称が示されていなかった筋のほとんどすべてに名称を付した;3.人体の構造に関する記述で問題と思われる個所は,著者の了解を得て改変した;4.用語は国際解剖学用語(1989)に準じて統一した;5.訳者による補足はかぎ括弧[ ]で示し,とくに注意すべき事項や解説は,かぎ括弧[訳注:]とした;6.骨盤底の触診手順に関しては,注釈が必要な個所があったが,原著通りにした;7.多くの比喩的表現や言葉遊びは,直截的に理解できるように改変あるいは削除した.また,わかりにくい記述は,著者にパラフレーズして頂いたものを訳した.
 不備な点や疑問点にお気付きの場合はご指摘いただきたい.
 最後に,翻訳,校正にあたって,貴重な指摘と示唆をいただいた編集部の坂口順一氏と制作部の大西慎也氏に心からの謝意を表したい.
 2008年11月
 松下 松雄

Deane Juhanによる推薦の序
 Teacher, Lecturer and Bodywork Practitioner, Mill Valley, California, USA
 ボディーワークの分野全体がなした最も普遍的に重要な貢献の1つは,運動学習と運動の機能的統御の過程,そしてその過程が身体のほとんどすべての生理的,心理的過程に及ぼす強力なインパクトに多くの重要で新しい洞察を展開してきたことである.長い間,ボディーワークは(はみ出しとさえいわれた)代替的アプローチと見なされ,科学的に意味があるとは思えない方法や仮定のために,主流の理論や治療法とは明確に区別されていた.しかし,厳密な方法と還元論から分かれたことで,しばしば新しい探求と発見の端緒となった.それらは,最終的には私たち自身や人々の知識に重要なものを付加することになった.
 運動に関するこの新しい考え方の多くは,個々のセラピストや疑問を抱いた人たちの探求から生まれたものである.これらの人たちは,一方では,現代科学の理解では説明できないか,あるいは認められてさえいない体験をしようとしてきた.しかしもう一方では,知的な意味で吟味に堪え,信頼性のある有益な結果が予想できる新しいアプローチと新しい結果を得ようと固く決心していた.本書とその著者はこの試みの重要な例である.アナトミー・トレイン(解剖列車)はある非常に異なる種類の研究室から生まれたものである.その結論は基礎である主流の前提に反するものではない.むしろ主流のモデル,すなわちメカニズムの集合体である生物学に,生体力学や,アナトミー・トレインの結論が人類に与えるインパクトをさらに厳密で詳細に分析することを求めている.
 本書は,身体の組織全体を活発にし,支持し,結合する筋膜系,そして筋収縮を編成して運動に翻訳する筋膜系に焦点を当てている.臨床生理学者であるロルフ(Ida Rolf)の時代以来,非常に多くの研究が行われてきた.現在では,当時彼女がなし得なかったような包括的で,精細な結合組織網のマッピングが行われている.長年,彼女の弟子であった本書の著者マイヤース(Thomas Myers)は,この結合組織網のマッピング,結合組織網の健康に対する大きな意味を理解すること,そして結合組織網の多くの機能に有益な治療法の発展に対して独創的で有益な,そして,永く後世に残ると私が確信している貢献をなした.
 本書において注意深く書かれ,明快に図示されたアナトミー・トレインとは,頭から足まで,また中心部から末梢までを結合しながら人体を蛇行する,骨と筋膜の連結であり,また安定性と運動に必要な重力と筋力の構成を統合する連結のことである.筋膜系は広範に結合しているという一般原則は古くから知られていた.しかし,この連結に関するマイヤースの見解は多くの点で独特であり,そこには長年にわたる個人の実地経験と先人の綿密な研究が反映されている.その成果は既存の地図を劇的に精緻にしたことにある.非常に多くの詳細な記述から生まれてきたのが,張力帯と骨のスペーサーからなる簡素で美しい格子である.これによって,健康な姿勢と振る舞い,またバランスを欠いた生体力学が引き起こす多くの痛みと機能異常の両方が説明できる.筋膜面の地図が示す生物力学への洞察自体だけでも,本書はボディーワーカーが持つべき重要な本になったであろう.しかし,マイヤースは自ら仕事を課して,解剖学のいろいろな形式的な見方をはるかに越える主題を取り上げた.芸術,スポーツ,ダンス,各種の職業など,さまざまな人の活動においてアナトミー・トレインが複雑に関与していることを写真と注意深い記述によって示している.その結果生まれたのは,筋膜網の見方において,正しい姿勢を評価する方向ではなく,力強く活動中の人体の複雑さのすべてを展望する方向である.これに基づく治療モデルは,組織を適当な鋳型に押し込むことではなく,進行中の運動の可能性をさらに拡大するという概念につながっている.
 これらの動的解析に続いて,マイヤースは再び多くの明快な症例を挙げて,どのクライアントでも観察可能な,力と運動の特定の経線を評価するための地図画像の見方について考察している.それは,このようなボディー・リーディング(体の読み方)の練習が新しいということではなく,これらの地図から得られる機能的な相互結合性を洞察することで,人体構造の第3次元が明瞭に視覚化でき,その問題を扱うためのアプローチへの重要で新しい道が開かれるということである.実際,アナトミー・トレインに述べられている触診の練習を行い,また機械的障害を扱うためのアプローチとして,この情報の系統的な利用法に関するマイヤースの論理を身に付ければ,人体の見方とそれによる作業の有効性の両方が改良できる幅広い新しい考え方と手段が発見できるであろう.
 ある点では,本書は要求の多い本である.それは考え方が難しいからではなく,考え方の多くが新しいからである.詳細な部分がわかりにくいのではなく,その明快なことが錯綜しているからである.また,著者が読者を圧倒するからではなく,彼の主張に従って同じ見解を持とうとすると,彼の強健な精神と直接係わるように著者が求めるからである.いずれにしても,長く勉強すれば十分報われるであろう.

Leon Chaitowによる推薦の序
 Practitioner and Senior Lecturer, London, UK
 時々,人体とそのメカニズムの不思議について認識が高まる瞬間を意識することがある.もし,私たちがどのようなテーマについても熱心で,また古い考え方を見る新しい方法を持ち続けていれば,そのような“決定的瞬間”は恐らく誰にでも起こるであろう.私自身は次のような啓示的体験をした.1.“人体は自然に治癒する”こと,私たちの第1の役割は自然治癒の過程に対する障害を取り除くことであるという格言の真理を悟ったこと(1),2.精神療法,霊気治療,そして六手[3人]による筋筋膜解放を受けている時,深い解放感を経験すること,すなわち私の身体だけでなく思考体系を新しい方向に向けさせるのに役立った経験,3.(当時)新しく発見された小後頭直筋と脳硬膜との結合の研究,およびバランス,固有感覚,そして機能異常時の疼痛の認知に関してその結合のあらゆる意味を知ったこと(2),4.過呼吸症候群のような呼吸パタンの障害が全身の健康,とくに筋骨格機能に対して決定的に重要であることがわかり始めたこと(3),5.フェルデンクライス(Feldenkrais)法(4)で示された身体の適切な使用法と最小限の作動力の威力,また,最近ではマイヤースが本書のアナトミー・トレインにおいて詳述した筋筋膜結合の概念の正確さと実用性,およびアナトミー・トレインの美的簡素さと実際の複雑さのすべて,である(5)
 多くの筋骨格の疼痛と機能異常は適応不全の結果であるといえる.そこでは自己制御による代償機能が消耗して,最終的には代償不全になっている(6).模範的ケアの1つは,徒手運動療法士の理想的な役割は,適応能力の効率を著しく高めながら,最適の機能状態に向かって身体が回復するのを助けることであるということを示唆している(7)
 自己制御機構の本来の機構を発揮させつつ,効率の良いホメオスタシス機能を回復させるための目標として,セラピストが,自己治癒と修復の触媒となり得る非侵襲的治療法を認識できることが必要である.それを認識するためには,人体のいろいろな系が個々に,また相互に情報交換する方法,さらにどのような生体力学的,生化学的あるいは社会心理的影響が系の効率的な統合活動を促進するか,あるいは遅らせるかを理解することが必要である.
 傷害歴がなくて頚部と肩に疼痛のある人の例を考えてみよう.姿勢の特徴として,頭を前方に出す傾向,肩の突出,丸まった胸郭,脊柱弯曲の変化,前傾骨盤,短縮したハムストリング,そして膝の伸展傾向が見られるであろう.生体工学重視のセラピストならば,短縮,緊張,腫脹,そして弱化した組織,またトリガーポイントのある組織を確実に同定できるであろう.そこでは筋の収縮パタンや関節機能が変化してしまっている.そのような人では上胸部呼吸のパタンを示しがちであろう.その結果,O2-CO2比の変化と血液のアルカリ化が引き起こされる.そのような血液の化学的変化の結果,痛覚の感覚受容の亢進,不安,呼吸補助筋(僧帽筋上部,斜角筋など)の使用過多,血管壁の平滑筋の緊張,さらにヘモグロビン担体分子からの酸素放出の減少による脳と筋肉の疲労が起こるであろう.心配と不安はほとんどアルカリ度上昇から自動的に生じたものであり,それによって上胸部型の呼吸を促進させている.症例によっては,上述のような落ち込み姿勢のパタンを取ること自体が不安あるいは落ち込みの結果であり,それが心理的負担を大きくしているであろう.
 治療的介入は,構造(短い筋と関節,肋骨など),機能(姿勢,呼吸パタンなど),生化学(薬物,サプルメントの摂取)あるいは個人の精神-情緒状態(心理的治療カウンセリングなど)に対して行うべきであろうか? これらのいずれもが適切であるかもしれない.最良で,実施が容易なもののどれを選ぶかは,個人によって,またセラピストの技術と知識によって決まるであろう.
 マイヤースが述べているような筋筋膜パタンの知識があると別の見方ができる.例えば,第8章の機能的パタンを見ると,姿勢や呼吸に深く影響すると思われる連結がどのように追跡できるかを示している.その結果,下肢の筋筋膜の不均衡が,肋骨の機能や脊柱の機構に影響する力を伝達するのを見ることができる.実際に,第4章と第9章でマイヤースが図示している地図と結合を利用すれば,他の遠隔の筋筋膜と姿勢や機能障害とを容易に関連付けられるであろう.そして,非常に遠隔の構造物からの治療のルートが開かれるであろう.このような筋筋膜の連結についての認識がなければ,維持要因を見落としてしまい,リハビリテーションの成果が上がらず,あるいは実際に治療に失敗することになるであろう.
 多くの革新的な概念に関して,他の分野の臨床家や研究者が同じ領域に洞察を加えると,ある程度,同調の起こることがある.マイヤースは特定の実例を挙げて全体的な物の見方を提示している.一方,他の研究者たちはマイヤースの認識と合致する機能的モデルを考え出した.例えば,筋・靱帯吊革(musculoligamentous sling)は,歩行周期に係わる無数の過程のうち,今まで十分理解されていなかった側面を説明するのに利用されている.右下肢を前方に振り出すと,右腸骨は仙骨に対して後方に回旋し,踵接地に向けて仙結節靱帯と骨間靱帯の張力を高めて仙腸関節を締め付ける.踵接地の直前には,同側のハムストリングが活動し,それによって仙結節靱帯を強固にして仙腸関節を安定化させる.
 ヴリーミング,スナイダーズ,ステッカートとメンズ(Vleeming, Snijders, Stoeckart & Mens)は,足が踵接地に近付くと,腓骨の下方移動が起こり,(大腿二頭筋を介して)仙結節靱帯の張力が高まることを示した(8).同時に,踵接地に向けて足を背屈する目的で(第1中足骨に付く)前脛骨筋が発火することを示した.もちろん,前脛骨筋は足底で筋膜を介して長腓骨筋に連結しており,このようにしてこの素晴らしい吊革機構が完成する.第6章で記述されているように,この吊革機構は仙腸関節を締め付けて,この過程で下肢全体を働かせる.
 さらに,大腿二頭筋,前脛骨筋,長腓骨筋からなる縦軸方向の筋筋膜吊革は,エネルギー貯蔵所として働き,次の歩行周期で使用される.歩行周期における片脚支持期の後半の段階では,仙腸関節のforce closure(力の閉じ込め;圧縮状態)が減少し,同側の腸骨が前方回旋するにつれて,大腿二頭筋の活動がゆっくりと減衰する.
 右踵が接地すると,左腕が前方に振れ,仙腸関節を圧迫して安定化させるために大殿筋が活動する.骨盤上における体幹の対向回旋を助けるために,後機能線(第8章参照)を通る腸腰筋膜を介して大殿筋の力と対側の広背筋との同時連結が起こる.このようにして,体幹を通る斜めの筋筋膜吊革が形成され,歩行周期の次の相で利用されるエネルギーの貯蔵機構が提供される.
 ヴリーミングらは(8),殿筋の張力の一部が腸脛靱帯を介して下腿に転送されると,次に何が起こるかを述べている.“さらに,腸脛靱帯は,収縮中の巨大な外側広筋の拡張によって緊張させられる.この片脚支持相では外側広筋が活動して,膝の屈曲に対抗する”.これによって,膝は前方への剪断応力から保護される.
 片脚支持期が終わり,両脚支持期が始まると,仙腸関節への負荷が軽減されて,大殿筋の活動が減少する.次の歩行が始まると,下肢は前方へ振れ,仙腸関節の点頭運動が再び始まる.
 したがって,歩行周期の間,筋筋膜-靱帯の作動力と支持の注目すべき時間的配列があり,関節(仙腸関節と膝関節)とエネルギー貯蔵に対する支台的吊革を形成する.この複雑な活動の機構の中で,もし筋筋膜要素の何かが抑制,短縮あるいは制限されると機能異常が起こる可能性が大きくなる(9)
 リー(Lee)は潜在的な障害について洞察している(10).“臨床的に仙腸関節が過敏になり,あるいは機能異常になると,大殿筋は抑制されているように見える.大殿筋が弱くなると歩行は破滅的な影響を受ける.歩幅は短くなり,股関節の伸筋の力の消失を補正するために,ハムストリングの使用過度が起こる.ハムストリングはforce closureの機構を提供するのには適していない.早晩,仙腸関節が高運動性になる.この状態は,反復性にハムストリングに負担をかけるアスリートにおいてよく見られる.ハムストリングは使用過多状態となり筋内裂傷が起こりやすくなる.”
 マイヤースのアナトミー・トレインの概念を知って楽しいことの1つは,局所領域あるいは歩行のような機能に関して,ヴリーミングら(8)やリー(10)が述べている連結と結合と,まだ部分的にしかわかっていない機序との間に共通点を見ることができることである.いまでは,合理的な全体観を明確に述べてくれたマイヤースのおかげで全体図が一層明瞭になった.彼のこの全体観により,私たちが観察し,触診する多くの組織を含めて,筋筋膜結合の交通と機能的連結網がさらに理解できるようになった.観察や評価の手順に新しい局面を提供することで,これまで不明確であった連結や結合が確立されるので治療の選択が容易になるであろう.
 歩行周期に関連して述べたように,マイヤースの独創的な見解は,人体を扱う人が知り,また認識しているよく知られた背景から生じたものである.マイヤースの統合によって,通常の解剖学的,機能的特徴を結び付けるワナ,吊革,靱帯,網状物について別の見方が提供された.また,そうすることで,生理的に健全なモデルを作っている.ありふれた構造物を見るこの新しい方法によって,もはや半ば想像ではなくて,現在ではしばしばはっきりと確定される遠隔の影響が認識できる.これを理解することは私たちの作業方法を変化させることになるかもしれない.そして興味深いことに,ここで明らかになることは,よく用いられる処置がなぜ有効なのかということがわかるようになることである.多くのボディーワーカーたちがほとんど直感的に使用し,また研究上の根拠がほとんどないのに実際に使用してきた徒手療法のプロトコルは,筋筋膜連結と結合に関するマイヤースの研究によって論理的根拠が得られるであろう.
 適応能力を高め,あるいは適応の負担を軽減する治療体系と治療法の範囲は非常に大きく,非常に効果的なものから限りなく微妙なものまでさまざまである.軟部組織と関節は,受動的あるいは能動的に,弛緩,解放,緩和,伸張,伸長,短縮,調整,強化,動員,安定化,統合,調整し,バランスを取ることが勧められる,またもっと効率的に機能するようにすることが勧められ.マイヤースが明言しているように,“現在必要なのは新しい技術ではなくて,応用のための新しい戦略に至る新しい前提である.そして,見かけだけの新しい手技よりも有益な新しい前提を得る方がずっと困難である”.
 私たちは,自ら信じ,理解しているからこそそれを患者に行う.エネルギーの流れの不均衡が症状の原因であると考えるセラピストは,気,生気(呼風),電磁エネルギーなどの通過障害を治そうとする.脳の律動的インパルスが,すべてのものを動かす動力源の証拠であると推論するセラピストは,そのリズムの回復に役立つすべてのものに注意を集中するであろう.構造重視のセラピストは姿勢のバランス,解剖学的な特異体質,短縮,緊張,虚弱,協調異常の有無を調べ,これらの要素の矯正を始めるであろう.彼らはまた機能異常を引き起こして維持している癖を取り除こうとする.精神重視のセラピストは,機能異常の身体的徴候は心理社会的,精神的苦痛の具体的な証拠であると考える.そして,それに対応して心身の影響のバランスを取るために作業しようとする.トリガーポイントが機能の異常状態の犯人であると見なす人は,筋筋膜痛の局所焦点を探して,それを不活化しようとする.そして,しばしば火元を特定せずに火災報知機のスイッチを切るのは行く末を見ないことであることを認識していない.的外れのことを信じると明らかに正常のものを直そうとして調整し,操作することになる.構造上の原因を探そうとする人はそれを見つけて治療する.機能的原因とその維持因子を探す人はそれらの改良を試みるであろう.
 正常復帰(骨折が治癒するなど)は自然の傾向であるから,適応負荷を軽減する侵襲,あるいは,負荷をより良く扱えるような生体またはその構造の能力を高める侵襲は,すべて治療として有益である.上述の例のいずれにも利点があるが,身体の機能異常のすべてに一様に適用できるようなものはない.最も有益な例は,原因と結果(症状と徴候)に注意することに係わるものである.物の見方が広くなればなるほど,局所領域や局所症状に注目するのとは反対に,一層,原因を同定して,それを処置するようになるであろう.短縮,虚弱,緊張,絞扼などを同定することが原因を分離するのではなく,それは,むしろ効果,しばしば遠隔からの影響の結果を指摘してくれる.マイヤースの筋筋膜の未知への旅によって,遠隔と局所の相互作用と相互の影響がわかるようになる.
 心と身体とが切り離せないように,機能と構造を分けることはできない.マイヤースは,身体および身体の十分認識されていない連結と過程,すなわち構造と機能の連続体の理解の手本を示してくれている.これを,彼は,身体の他の部分を被覆し,支持・分離し,連結・区分し,包んで結合する普遍的,弾性的・可塑的固着性の要素である筋膜性の結合組織網に注目させることで行っている.このようにして,彼は,特有の方法で結合している筋筋膜の顕著な広がりを理解させてくれるだけでなく,さらに,私たちの特別の訓練と信念が取り入れる治療アプローチがどのようなものであっても,評価ともっと適切な治療を適用するための臨床的に重要な見識と手段とを提供してくれている.私たちはここで提供されている機会を喜んで受けるべきであろう.

文献


1. Still AT. Osteopathy research and practice. Kirksville: Journal Printing Company; 1910.
2. Hack GD, Koritzer RT, Robinson WL, et al. Anatomic relation between the rectus capitis posterior minor muscle and the dura mater. Spine 1995; 20: 2484-2486.
3. Timmons B. Behavioral and psychological approaches to breathing disorders. New York: Plenum Press; 1994.
4. Hannon J. The physics of Feldenkrais® Part 2. JBMT 2000; 4(2): 114-122.
5. Myers T. Anatomy trains. JBMT 1997; 1(2): 91-101 and 1(3): 134-145.
6. Selye H. The stress of life. New York: McGraw Hill; 1956.
7. Stone C. Science in the art of osteopathy. Cheltenham; Stanley Thorne; 1999.
8. Vleeming A, Mooney V, Dorman T, Snijders C, Stoeckart R, eds. Movement, stability and low back pain: the essential role of the pelvis. New York: Churchill Livingstone; 1999.
9. Chaitow L, DeLany J. Clinical applications of neuromuscular technique. Edinburgh: Churchill Livingstone; 2000.
10. Lee D. Treatment of pelvic instability. In: Vleeming A, Mooney V, Dorman T, Snijders C, Stoeckart R, eds. Movement, stability and low back pain. Edinburgh: Churchill Livingstone; 1997.


著者まえがき
 私は生命の不思議に絶対的な畏敬の念を抱いている.30年にわたり,ヒトの運動機能の研究に没頭して驚きと好奇心が大きくなるばかりであった.私たちの体が,たとえいたずら好きであったとしても全知の創造者によって造られたのであれ,“あり得ない山”(1-3)に盲目的に登ろうと格闘しているまったく利己的な遺伝子によって造られたのであれ,人体の設計図と発達に示されている精巧な多様性と柔軟性を見ると人は驚きの悲しげな笑みで頭を振る.
 3兆個の細胞からなる胎児を受精卵の中に探しても無駄である.発生学の複雑さをどれほどおおざっぱに見ても,しばしば,健康な子供を産む時と同じようにうまくいっていることに驚嘆させられる.泣き声を上げる無力な赤ん坊を抱くと,たくさんの赤ん坊が,健康で生産的な大人になる途上で衰弱させるあらゆる落とし穴に落ちずにいるのはほとんど信じ難い.しかし,この人体実験全体にもひずみの徴候が見られる.ニュースを読んで,地上の動植物相に及ぼす累積的な影響と私たちの互いの接し方を考えると,人類はこの地上に生存しつづけられるのか,あるいはそうすべきであるのか気持ちは揺れ動く.しかし,赤ん坊を抱いてみると,人間の潜在能力に対して私のやるべきことがあることを改めて確信させられる.
 本書(また本書によるセミナーやトレーニングコース)でかすかに望むことは,人類が,今,集団的欲望に身を投じている状態――そして,そこから生じる技術主義と疎外感――を乗り越えて,私たちが互いに,また環境ともっと協調して,人間らしい関係に至ることである.本書に述べられている解剖学の“全体”観が発展すれば,恐らく,徒手運動療法士がクライアントの疼痛を緩和し,傷害を解決する上で役に立つであろう.しかし,本書の根底にある深い前提は,私たちの“フェルトセンス(felt sense)”,すなわち方向と運動の運動感覚,固有感覚,空間感覚とのもっと徹底した鋭敏な接触こそが,人間をもっと人間らしく扱うことや私たちの周囲の世界とのよりよい統合のために戦う極めて重要な前線であるということである.単なる無知からであれ,意図した学校教育であれ,私たちの子供においてこの“フェルトセンス”を次第に抑圧することは,環境と社会を衰退させる集団隔離に加担することになる.長い間,知能指数(IQ)がよく知られていたが,ごく最近になって情緒指数(EQ)が認識されるようになってきている.ベリ(Thomas Berry)が言う“地上の夢Dream of Earth”(4)の実現のためには,私たちの運動感覚指数(KQ)の及ぶ全範囲と教育的潜在能力との再接触によってのみ,世の中の大きな体系とのバランスの取れた関係が見つけられると思う.
 これまで有益であった伝統的な解剖学の機械論的な見方は,私たちの内部に対する関係を人間として見るよりも物として見てきた.本書で敢行した相対的な見方が,人体を“軟らかい機械”として見るデカルトの見解と,これに対して成長し,学習し,成熟し,そして死んで行く人体における存在の体験とを結び付ける方向に少しでも進むことを望んでいる.アナトミー・トレインの考え方は,運動による人間発達の大きな像のごく小さな一側面でしかないが,筋膜網と筋筋膜経線のバランスを理解することは統合的存在である私たち自身の内面感に確実に貢献する.これが,将来の研究で提示される他の概念と結び付いて,21世紀の要求に一層ふさわしい体育(身体教育)となる(5-8)
 アナトミー・トレイン自体は科学的比喩による芸術作品である.主張の感情的力を抑える限定形容詞は科学的正確さに必要であるが,これをほとんど用いないで露骨に仮説を述べているとして,妻,学生,そして同僚たちがたびたび非難してきた.ウオー(Evelyn Waugh)は次のように述べている.
 “謙虚さは芸術家にとって好ましい美徳ではない.芸術家が誇りと羨望と欲望とを満足させる何かをなすまで,自分の作品を完全にし,精緻にし,洗練し,破壊し,そして改新するために人を駆り立たせるのは,しばしば誇りであり,賞賛であり,欲望であり,そして悪徳である.すなわち,あらゆる憎むべき性質である.そうすることで芸術家はこの過程で自分の魂を失うかもしれないが,寛大で善良な世界以上に世界を豊かにする.これは芸術的偉業の逆説である(9)
 学者でなければ研究者でもない私が唯一望むことは,この“技巧”の仕事が善良な人々のために“新しい目”を提供するのに役立つことである.
 最後に,私は,解剖学をほぼ正しく理解することで先駆者であるVesaliusやその他のすべての探求者に敬意を表してきたと信じる.

文献


1. Dawkins R. The selfish gene. Oxford: Oxford University Press; 1990.
2. Dawkins R. The blind watchmaker. New York: WB Norton; 1996.
3. Dawkins R. Climbing Mount Improbable. New York: WB Norton; 1997.
4. Berry T. The dream of the earth. San Francisco: Sierra Club; 1990.
5. Myers T. Kinesthetic dystonia. Journal of Bodywork and Movement Therapies 1998; 2(2): 101-114.
6. Myers T. Kinesthetic dystonia. Journal of Bodywork and Movement Therapies 1998; 2(4): 231-247.
7. Myers T. Kinesthetic dystonia. Journal of Bodywork and Movement Therapies 1999; 3(1): 36-43.
8. Myers T. Kinesthetic dystonia. Journal of Bodywork and Movement Therapies 1999; 3(2): 107-116.
9. Waugh E. private letter, quoted in the New Yorker, 4 Oct 1999.

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訳者まえがき
Deane Juhanによる推薦の序
Leon Chaitowによる推薦の序
著者まえがき
謝辞
本書の使い方

入門:鉄道路床の敷設
1 筋膜から見た世界
2 ゲームの規則
 1.軌道は,断線することなく一定方向に進行する
 2.軌道は骨の“駅”(付着)で停止する
 3.軌道は“スイッチ”,時には“転車台”で合流して,分岐する
 4.“急行列車”と“普通列車”
3 浅後線
4 浅前線
5 外側線
6 ラセン線
7 腕線
8 機能線
9 深前線
10 運行中のアナトミー・トレイン
11 構造解析

付録1:経線に関する覚書:ルイス・シュルツ博士の業績
付録2:治療の原則
用語の解説
参考文献
索引

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筋膜系の連結と全身的な運動機能との関連に迫る
書評者: 石井 慎一郎 (神奈川県立保健福祉大准教授・理学療法学)
 「アナトミー・トレイン」と聞いて,最初は何の事だかさっぱりわからず,解剖の語呂合わせを集めた学生向けのテキストだという認識しか持てなかった。(ましてや著者がトーマス・・・「機関車トーマスじゃん!」)

 たまたま,トーマス・マイヤース氏と話す機会があり,マイヤース氏の解剖学的知見を知り,アナトミー・トレインの概念が理学療法士の臨床推論の幅を大きく広げてくれるものであると確信した。

 マイヤース氏は,アイダ・ロルフ博士に師事しロルフィング(Rolfing®)と呼ばれる筋・筋膜系の徒手療法を専門的に行うロルファーとしての臨床経験を豊富に持ち,その中で経験した多くの臨床推論の理論的根拠を解剖学的手法によって解明しようとしている優れた臨床家であり,研究者である。このことが,筋膜系の連結構造に,生き生きとした躍動感のある機能的意味付けを発見できた理由だろうと筆者は考える。

 本書は身体の組織全体を結合し,機能を編成している筋膜系に焦点を当て,この筋膜系のマッピングと重力への姿勢適応に関する大きな意味を理解し,臨床応用への示唆を与えることを目的に書かれている。

 本書において注意深く書かれ,明快に図示されたアナトミー・トレインとは,頭から足まで,また中心部から末梢までを結合しながら人体を蛇行する,骨と筋膜の連結であり,また安定性と運動に必要な重力と筋力の構成を統合する連結のことである。全身に張り巡らされた筋膜系の連結については,以前から知られていた。しかし,その機能的な意味については,局所的な機能解剖の範疇に留まるものであって,全身的な運動機能との関連について網羅されてはいなかった。この連結に関するマイヤース氏の見解は多くの点で大変興味深い。

 マイヤース氏は本書の中で,筋・筋膜の連結体をSuperficial Back Line,Superficial Front Line,Lateral Line,Spiral Line,Arm Line,Functional Line,Deep Front Lineという七つの経線で示している。さらに,これらの七つの経線は,張力帯を形成し,骨のスペーサーからなるテンセグリティーモデルという格子状の圧縮-張力複合モデルを身体内部に構築しているとし,筋膜の張力バランスの正常化が骨構造間のアライメントの正常化,ひいては重力適応のコンディションを整えることを説明している。筋膜系の連続の経線の理解は,これまで理解できなかった局所の病態の原因を全身の機能不全と関連付けて推論する事の手助けとなる知見といえる。それぞれの経線の持つ機能的意味合いと臨床的介入の事例が示されており,臨床で遭遇する症例に対する臨床推論の形成に,新しいアルゴリズムを与えてくれる。

 本書は理学療法士の臨床にとって,大変有益な一冊であると考える。

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