患者志向型の新しいスタイルの教科書
書評者:木内 祐二(昭和大薬学部教授・病態生理学)
『薬物治療学』を一読したとき,その内容の豊かさと読みやすさとともに,臨床志向,患者志向を追求した構成に驚かされた。編集者が序文で強調しているように,従来の医療薬学の教科書にはなかったスタイル「ハイブリッド様式」で書かれており,代表的な疾患や薬物治療について,単に「教科書レベル」の知識の学習にとどめ...
患者志向型の新しいスタイルの教科書
書評者:木内 祐二(昭和大薬学部教授・病態生理学)
『薬物治療学』を一読したとき,その内容の豊かさと読みやすさとともに,臨床志向,患者志向を追求した構成に驚かされた。編集者が序文で強調しているように,従来の医療薬学の教科書にはなかったスタイル「ハイブリッド様式」で書かれており,代表的な疾患や薬物治療について,単に「教科書レベル」の知識の学習にとどめず,臨床の場で目の前の患者のために主体的に医療を実践するための「実践知」を効果的に学習できるように工夫されている。
本書の最大の特徴は,後半部分に24症例にも及ぶ詳細な症例解析が加えられていることであろう。代表的な疾患とその治療をリアルな症例を通して学習することができ,医療薬学の学習の目的が,個々の患者の問題を解決するための根拠のある判断と責任のある実践であることが理解できる。症例の患者の病状が生き生きと伝わるように現病歴,身体所見や検査所見,臨床経過などの多くの患者データが示され,実際的で標準的な薬物治療例が紹介されている。症例の理解のために,薬物治療だけでなく,症例の症状や検査,診断についても丁寧に解説され,医療チームの中でこうした情報を理解,共有して,積極的に処方支援をする薬剤師を育てたいという思いが伝わってくる。
各症例には確認問題として病態や治療などに関するQ&Aが加えられており,患者志向の問題解決型学習が自然に進むようになっている。また,臨床の場での問題志向型,患者志向型のアプローチに必須な「SOAP形式」の記述法が,実に詳細にわかりやすく例示,解説されており,医療の実践にこだわった本書の特徴の一つといえよう。
編集者は,「本書の前半は,知識を系統的に記述する従来型のスタイル」と序文に書いているが,この前半部分にも実際の医療に基づく最新かつ標準的な情報が非常にわかりやすく記載されている。総論では薬物動態と薬力学(PK/PD)の基本的な考え方,TDM,現代医療の標準となっているEBM(根拠に基づく医療)や診療ガイドライン,臨床検査値の評価などが明快に解説されている。各論では150以上の代表的疾患について,病態や診断基準・分類,臨床症状(自覚症状,他覚症状,臨床検査,患者面接のポイント)と治療が,最新のガイドラインに基づき,また多くの図表を用いて,よく整理された形で解説され,細部まで理解しやすさにこだわった教科書だと感銘を受けた。「臨床薬剤師の視点」というコラムでは薬剤師が知っておくべき専門性の高く,また興味深い事項が示されている。
本書はチーム医療で活躍する新時代の薬剤師をめざす6年制の薬学生はもとより,医療現場で活躍する薬剤師のステップアップのためにも,大変有用な教科書になるであろう。このような患者志向型の新しいスタイルの教科書を世に出された編集者と執筆者の努力に心から敬意を示したい。