推薦のことば(日野原重明)/
日本語版へのメッセージ(原著者)/
監訳者まえがき
推薦のことば
看護の理論と実践と研究法についての多年の経歴をもつロマリンダ大学の教職にあるエリザベス・ジョンストン・テイラー博士は,同大学がアドベンチスト派のキリスト教主義の背景をもつ大学であるだけに,スピリチュアルケアを重視する環境のなかで教職活動をされてきたものと思う.こうした環境のなかで,スピリチュアリティの本質を探究しながら,この面を重視した看護ケアがいかに実践され,研究されるべきかを著者は理論的に探求し本書をまとめられた.
スピリチュアリティという概念をWHOの健康憲章のなかに取り入れるべきだと提言したのは,オックスフォードの独立型ホスピスのSobell Houseの所長をされWHOのコンサルタントでもあるロバート・トワイクロス博士である.彼はシシリー・ソンダース医師と共にホスピス運動の世界的先駆者であり,1958年に設定されたWHOの健康の憲章のなかに,「身体的,精神的,社会的なwell-being〈安寧〉に加えてspiritualという霊的側面を付加すべき」ことを1998年の理事会に提言した.しかし,日本を含め,2, 3の国の賛同が得られなかったため,これはそのまま凍結されて,今日に至っている.
彼はホスピスケアのなかでは死の近い患者を霊的な環境のなかに置くことの重要性を説かれたのである.彼は,何かの宗教的信仰のある人のほかに,一定の宗教をもたない患者でも人間の本性のなかには隠れて存在する深い魂が秘められていると考えたからである.
著者は,欧米の宗教に限らず,仏教を含む世界の五大宗教の信条,儀式,慣習をもよく研究されている.その結果として,いろいろな宗教をもつ患者,またこれという特殊な宗教をもたない人でも,その心の根底に存在するあるものを引き出し,看護の実践のなかにスピリチュアルケアを行うアートについての研究の成果を書かれたのである.
日本人にとっての宗教は,仏教が圧倒的に多数であり,キリスト教信者は国民のわずか1%に過ぎない.本当の宗教的信仰をもつものの数は日本では非常に少ないといわれているが,しかし,根源的な魂の存在を体感している人々の数は決して少なくないであろう.
聖職者が入院中の病者に霊的な指導をする訓練が,英米の病院では行われている.これはpastoral careといわれるが,その方法論には看護者によるスピリチュアルケアに合一されるものがあるように思う.
日本人が何らかの病気にかかったり,または死が近づいたりしたとき,ナースは看護の専門職としてきめ細かいケアが要請される.人間の心の底に存在するスピリチュアリティを大切にして,スピリチュアルな面からどうすれば個別的,または即応的なケアがなされるかの実践のアートとこれを研究するための理論が本書には丁寧に説明されている.その意味で看護の教官や研究者にはもちろんのこと,一般の臨床ナースにも本書が広く読まれることを期待したい.
その翻訳には難解な箇所があったと思うが,これをわかりやすく翻訳する上で監修された江本愛子氏と江本新氏のご努力に感謝し,また,このような書を出版に導かれた医学書院の七尾清・石井伸和の両氏にも敬意を表したい.
聖路加国際病院名誉院長
聖路加看護大学名誉学長
日野原重明
日本語版へのメッセージ
最良の看護ケアは癒しです.癒しは体と心のケアだけでなく,まさにその人の存在の内核にあるもの,つまりスピリットのケアを必要とします.何世紀も前にプラトンは,次のように記しています.
「頭部のない目,あるいは体部のない頭に治療を試みるべきではないように,魂(心)を見ずして肉体を治療すべきではありません.なぜなら,全体が健康でなければ部分は決して健康ではないからです.したがって,頭も体も健康であるためには,まず魂(心)の癒しから始めなければなりません」(プラトンの対話編「カルミデス-克己節制について」より).
人間が人の魂を癒すというような考えは毛頭受け入れられるものではありませんが,私はナースとして,病いにある人の魂やスピリットを心からケアしたいと思っています.このスピリチュアルな次元のケアを追い求める自らの遍歴のなかで学んできたことを,読者の方々と共有できることは大きな喜びです.他者の心の支えになろうとするとき,自分も同じものをいただいていることを私は知りました.たとえ疲れきっているときでも,身も心もエネルギーと生気をいただき,平安のうちに何かが変わったことを自覚するのです.これは私だけでなく,きっと読者の皆様の経験ともなることでしょう.
この本が,ご自分や他者のスピリチュアルヘルス(心の健康)を願うあなたのお助けになることを願っております.
Elizabeth Johnston Taylor, PhD, RN
監訳者まえがき
本書は,エリザベス・ジョンストン・テイラー博士によるSpiritual Care : Nursing Theory, Research, and Practiceの訳書です.著者自身が本書の序文で述べているように,西洋とユダヤ=キリスト教の文化背景をもちながら,人々の多様なスピリチュアルの体験をことのほか大切にしつつ,スピリチュアルの問題を丁寧に提示しています.世界の5大宗教の信条,儀式,慣習との関係を扱った原書の第10章は詳細すぎるため割愛することになりました.
1998年,WHOの執行理事会において「スピリチュアルな健康-Spiritual well-being」を加える憲章改定案が用意されて以来,わが国でもこのテーマへの関心が一挙に高まってきました.文部科学省委託事業の1つに,「医療現場のなかでの宗教および霊性(スピリチュアリティ)をいかに実用的に概念化できるか」について,アメリカ合衆国(以下「アメリカ」)における現状分析の研究報告もみられます.また,キリスト教系や仏教系などの聖職者,学者,実践家の間でスピリチュアルケアに関する学会,研修会,講演会などが行われ多面的に議論が深められてきました.
もとより,アメリカにおけるヘルスケア環境は日本のそれとは異なり,本書の内容はそうした文化背景の視点から理解されなければならないでしょう.とはいえ,著者は,スピリチュアリティは1人ひとりに付与された天賦の特質であり,スピリチュアルケアは宗教や文化を越えた普遍的なもの,そして人間の根源的な次元にかかわるものであるという立場をとっています.
『スピリチュアルケア-看護のための理論・研究・実践』と題した本書は,著名な看護理論家のみならず関連学際の顕著な学説の要点を幅広く取り込みながら,この種の概念や問題を深く掘り下げており,スピリチュアルヘルスに関心をもつ人,これからヘルスケアに携わろうとする人々にとっても,貴重な文献となるに違いありません.
本書の特色は,スピリチュアルケアにかかわる理論だけでなく,倫理的配慮を含め実践に役立つ方法論について事例やストーリーを交えてわかりやすく提示していることです.章ごとに要点がまとめられ,章末は「看護実践への示唆」,「要点整理」,「考察課題」で締めくくられています.
翻訳に着手してから思いのほか月日を要したにもかかわらず,関心を寄せていただいた医学書院の常務取締役七尾清氏,特に,忍耐をもって支え1つ1つに適切なアドバイスをいただいた看護出版部3課の石井伸和氏,本書の内容にふさわしい仕上げをしてくださった制作部3課の森本成氏に心から感謝申し上げます.
2007年11月
江本 愛子
江本 新