解剖学と運動学の真の統合書
書評者:野村 嶬(京大大学院教授・運動機能解析学講座)
プロメテウスは,人間を創り,人間に文字や火を与えたとされるギリシャ神話の英雄である。解剖学書にその名前を冠したドイツ語版原書の著者(Michael Schunke,Erik Schulte,Udo Schumacher,Markus Voll,Karl Wesker)の,この原書が人間の未来に貢献...
解剖学と運動学の真の統合書
書評者:野村 嶬(京大大学院教授・運動機能解析学講座)
プロメテウスは,人間を創り,人間に文字や火を与えたとされるギリシャ神話の英雄である。解剖学書にその名前を冠したドイツ語版原書の著者(Michael Schunke,Erik Schulte,Udo Schumacher,Markus Voll,Karl Wesker)の,この原書が人間の未来に貢献するとの願いと確信にまず衝撃を受けた。本書は,全3巻構成の原書第1巻の翻訳であり,わが国の著名な肉眼解剖学者である坂井建雄教授と松村譲兒教授が監訳された。
掲載されている図が周到に作成されていて実に美しい。この美しさは実物の写真による図とも違い,また『ネッター解剖学アトラス』に代表される描画による図とも異なる明晰なものである。しかも,すべての図には適切な説明が付けられていて,図を読む重要なヒントを提供してくれる。さらに,これまでの解剖学アトラスでは見たこともない視点からの図,例えば,上肢帯と体幹の連結の上面図,頭蓋―脊柱連結の前上面図,皮膚や軟部組織を通して触診できる骨部位,上肢・下肢の立体・横断面解剖図などが多数掲載されていて,CTやMRIなどによる断面像に対応するとともに学習者の理解を大いに助けてくれる。
監訳者が指摘されているように,『プロメテウス解剖学アトラス』は,図の構成とその作成だけに費やしたという8年の歳月と,ドイツ肉眼解剖学の伝統の底力と現代のコンピュター技術の融合によって初めて実現した解剖学書であり,短期間で成果を求める風潮が支配的な今日のわが国では,到底不可能な大事業に思える。
これまでの解剖学アトラスでも運動学的記載は皆無であったとは言えないが,その記載は十分なものではなく,すべての運動器をカバーするものでもなかった。それに対して,本書はすべての運動器に運動学的記述あるいは臨床的記述が付されていて,解剖学と運動学の真の統合書ともいえる。このことが運動器系の解剖学の学習を生き生きとしたものにし,運動器系の理解を飛躍的に高めることは間違いない。またそれらの記述には,永年,機能解剖学を講義してきた私にとっても,浅学故であるが目から鱗状態の大変有用なものが多い。例えば,手掌面積の法則,脊髄後根におけるObersteiner―Redlich領域,大胸筋と広背筋の停止の捻れの意義,関節半月の構造・動き・損傷,足底の圧緩衝系など枚挙に遑がない。医学生や医師だけでなく,運動器系の解剖学が最も必要とされるPT,OT,トレーナー,柔道整復師らをめざす学生や臨床家にとっても最適で画期的な解剖学アトラスが出現したと断じる所以である。
本書では,最初に解剖学総論が73頁にわたって記述されている点も,これまでの解剖学アトラスとは異なる新しいところである。この解剖学総論も図を多用して簡明に記述されているので,運動器系を中心とした解剖学の初学者にとってはこの1冊でテキストとアトラスの両方を兼ねることができるであろう。
本書の発刊により,わが国の医学やコメディカルの解剖学実習を含む解剖学教育に“『プロメテウス』効果”が生じる予感を覚える。また,本書を利用することによって,実習室での解剖学実習がどのように変わるかを早く見てみたい気分にもなる。
続刊が予定されている『プロメテウス解剖学アトラス』の残りの2巻にも期待が高まる。